上大島 近戸神社


由緒・沿革


神社系列としては、赤城神社(赤城三大明神)で年代は不詳であるが、鎌倉時代(1192~)以前の系列とされている。赤城神社の末社は、県内78社あり、赤城名52社・近戸名6社・他20社、近戸名は上大島の他・上増田・笂井・粕川村月田・深津・赤堀村今井にある。

名の由来は、里山近くに鎮座し、山の神の神社に登拝する入り口を意味する。明治44年(1911年)琴平宮、及び同神社境内末社である八坂神社、愛宕神社を合併する。

新田義貞の子孫俊純の奉納額がある。上大島町に人々が生活を始めたのは、おおよそ700年前からと云われており、神を崇める心は古くからあったと思われ信仰そのものは200年前から何らかの形で存在した事は想像できる。建造物社歴は、社殿(本殿)文化元年(1804年)、拝殿 文政11年(1828年)、手水舎 文政12年(1829年)、鳥居 文久2年(1862年)、鳥居再建 昭和63年(1988年)、幟旗立柱 大正7年(1918年)、社殿移転 昭和63年(1988年)(注:現在地より約7m北側から移転し、その時に東向きから西向きに変更)

平成17年、創建200年を記念し社殿の全面改修並びに式典を挙行する。


旧村社 昭和27年12月13日 宗教法人設立登記

 

 

 

境内社 八坂神社
令和3年7月八坂神社祭 撮影

令和3年11月23日秋季例祭 撮影

上野神社


由緒・沿革


由緒不詳であるが、社伝によれば、建武2年(1335年)後醍醐天皇第二皇子宗良親王を上野宮と称し、征東将軍として関東に下向され、この地に居を定められたという。その後に宮跡に社を建立。開拓の祖神として共にこれを祀った。

両部時代は宝政寺が支配、俗に大通竜命明神と言う。明治2年旧名に復し上野神社と改める。県内に同村名があるので、地名を東上野とし古くはこの地を上野平又は上州平とも呼んだ。

現本殿は古墳上にあり、明治13年発掘したところ古代農機具が出土した。

 

旧村社 昭和28年4月6日 宗教法人設立登記

 

令和3年春季例大祭 撮影